2022.03.14
アミティ財団創設者ナヤ・アービターさんの訃報に接して
私たちのメンターの訃報に接し、悲しみに浸っています。アメリカで、依存の問題や性被害・トラウマ・暴力・差別などに苦しむ人たちを支援するリーダーの一人だったナヤ・アービター(Naya Arbiter)さんが、今月3日にお亡くなりになりました。
彼女は、パートナーのロッド・マレンさんとともに、1981年にアリゾナ州ツーソンでアミティ財団を創設しました。彼らは、薬物依存などの当事者が助け合いながらコミュニティを作り上げる治療共同体をさらに推し進め、コミュニティのメンバーが互いに教えあい学びあってより良い人生を築いていく、ティーチング・アンド・セラピューティック・コミュニティを目指しました。その後、組織はどんどんと発展し、お隣のカリフォルニアでは、同様の施設ほかに、州司法省の受託を受けて刑務所の中でも共同体を作り上げました。そこでは、薬物関連などの罪で服役している受刑者が、従来の措置の代わりにプログラムを受け、自分の過去やこれからの人生と向き合いながら新たな生き方を習得していきます。中には、終身刑が減刑されて社会復帰がかなう人もいます。
アミティのプログラムは、ナヤさんが古今東西の文献や研究をもとに14巻もの大作としてを編み上げたカリキュラムが核となっています。各テキストでは、テーマに沿った心理学・哲学・文学・社会学・政治学などの知見に加え、古典や教典の知恵、ネイティブ・アメリカンや中東の逸話などが散りばめられています。それらを軸として貫いているのが、自分の人生をナラティブ(物語)として捉え(直し)、新しいストーリーを書き始めること、そしてそのためのパースペクティブ(視座)を提供してくれるものの一つが、エモーショナル・リテラシー(自分の感情に気づき理解するちから)です。感情は常に我々の中にあり、今の自分の状態や外からの影響への反応を知らせてくれる大事なシグナルとなります。大脳皮質が司る思考よりもより根源的な部位である辺縁系がかかわっているといわれています。しかし、トラウマや生きづらさの苛酷な状況をサバイブするために、しばしば感情を無視・抑圧・回避してしまいます。そこに向き合う代わりに、感情を麻痺させたり、後付けの理屈で納得しようとしたり、酒やギャンブルやSNSに耽ることでやり過ごそうとします。感情への気づきを会得しないままでは、真の自分と出会うこともできず、マイナスの現状をゼロからプラスへと引き上げ、実りある人生を送ることもできないでしょう。スチューデントと呼ばれるアミティの入所者は、カリキュラムを続ける中でこれを身に着け、新たな歩みを打ち出していきます。そして、学びを経験的かつ重層的に広げ深める仕組みとして、共同体の役割や支えあい、参加者が自由にフィードバックを行うエンカウンター・グループがあります。
私たちの彼女との出会いは2010年になります。当時の日本の施設では、夜間は自助グループに出席し、日中は施設内で同じ「言いっぱなし、聞きっぱなし」形式のミーティングを行うことだけが、プログラムとして実践されていました。このような限られたメニューの中で、新たな人生の一歩を踏み出せる人はほとんどいませんでした。ちょうど、私にとっては奈良で団体を立ち上げて数年がたち、徐々に規模が大きくなって軌道に乗り出した頃でしたが、同時にこのような閉塞した状況を打破しようと画期的なメソッドを探し回っていました。そうした中で、アメリカのアミティでは、「言いっぱなし、聞きっぱなし」ではなく参加者が自由に意見やフィードバックを交わすエンカウンター・グループがあり、エモーショナル・リテラシーにフォーカスした確固たるカリキュラムを基盤に大きな成果を上げていると聞き及びました。彼らのシステムこそ、依存や生きづらさの問題に取り組む我々の組織が次に目指すべき姿だと確信した私は、通訳を伴って彼らの門戸をたたきました。
写真右からナヤ・アービターさん、矢澤祐史ワンネス財団創設者、ロッド・マレンさん(2013年撮影)
海を越えて飛んできた私たちを彼らは温かく迎え入れてくれました。本部のあるツーソンの施設は、市郊外に広大な敷地にあって、木々が生い茂り鳥や小動物も多くすまう場所です。そこに、ネイティブ・アメリカンの伝統にも習った様々な建物やオブジェが配置され、豊かな時間が流れていました。私たちは、日中のカリキュラムの授業や夕食後のエンカウンター・グループ、パビリオンと呼ばれるスピリチュアルな場所での儀式に参加させてもらいました。終盤には私自身のトピックでグループを持ってもらったりもしました。
この出会いを契機に、次は日本に何度かお招きすることも叶いました。特に、我々の5周年のイベントではお二人をメインスピーカーとしてお招きし、エモーショナル・リテラシーのテーマでお話しいただきました。併せて私たちの施設でのワークショップや、専門職・自治体職員の方々を主な対象とした講演会も開催しました。その後、我々の方から2回にわたり、数十人規模のツアーで大挙して赴きました。その時にもイベントや特別ワークショップで私たちの学びの意欲に真剣に応えてくださいました。
彼らが伝えてくれたエモーショナル・リテラシーは、日本のワンネス財団にもしっかりと根を下ろし、様々な問題を抱えて入所されるクライアントの方たち、そして日々仕事に打ち込むスタッフメンバーをしっかりと支える基盤になりました。そして、私が強く共感した彼らの理念、人は様々な環境や条件の中で喜びや困難を経験し融合しながら人生の物語を紡いでいく、その生の営みに至上の尊さを置くというスピリットは、私たちの日々の活動に息づいています。何よりも、アミティの互いに学びあい教えあうという基本姿勢は、ワンネスが依存問題や支援の枠にとどまらず、多様な心理療法やヒーローズ・ジャーニーといったパラダイム、ポジティブ心理学といった新時代の学問領域に探検を進める原動力となっています。
ナヤさんへのありがとうの気持ち、そして尊敬の念は言葉に尽きませんが、私とワンネス財団の一人一人にしかと刻み込まれています。彼女から手渡された贈り物を胸に、今のミッションをさらに推し進めていくことで、私たちの感謝と追悼の想いを行動として示していきます。
ワンネス財団創設者 矢澤祐史
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